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一乗寺について(利用案内)

 

 一乗寺(いちじょうじ Ichojo-ji Buddhist temple.)は、浄土真宗本願寺派(西本願寺)に所属する仏教寺院です。

 

【一乗寺のあゆみ】

 昭和初期、当時の「本派本願寺多度志説教所」に開基住職殿平京一、絹子が入寺します。両名ともに奈良県吉野の出身で、当初は上士別に入植した大和団体を頼って渡道。のちに多度志に落ち着きました。その後、近隣の複数の説教所檀信徒が加わり、多度志、幌成、鷹泊地域を中心に檀信徒が一乗寺を護持してきました。

 戦後、「一乗寺」と寺号公称し、1953年には境内に保育園を開設。保育園はその後社会福祉法人として独立し、60年以上にわたり多度志の子どもたちを迎えています。お寺自体も1976年に第二世善彦住職が継職。およそ90年の歴史を地域の人々と共に歩んでいます。

 

【多度志地域について】

 多度志の由来は、アイヌ語の「タト・ウシ・ナイ ~白樺の木が群生する沢」が語源とされ、域内を流れる雨竜川、多度志川、屈狩川などには古くからシラカバが群生していました。上流の屈狩志内川は「クー・カル・ウシ・ナイ~弓を作る沢」の意味があり、アイヌの人々のコタン(集落)や猟場があったものと推測されます。

 明治時代後期にはアイヌモシリへの和人の入植が本格化し、原始の森は切り開かれ、自然の多くは失われました。

 代わりに四国や北陸などの入植農家による開墾によって、現在は水田と畑、蕎麦畑が広がる米どころ、馬鈴薯や蕎麦の道内有数の産地となっています。

 昭和初期には国鉄「深名線」が開通し、往時には林業や雨竜川沿岸の鉱石(砂白金など)採掘などでも賑わいを見せました。また、多度志が発祥とされる作物として、野生の鬼ユリを栽培に適した品種改良を行った「ユリ根」や、除虫菊なども盛んに栽培されていました。

【施設利用について】

 浄土真宗の寺院「一乗寺」は、壇信徒の総意で護持運営されており、住職は日常の寺院管理を担っています。

 一乗寺では壇信徒をはじめ、地域のすべての方に寺院施設を開放しています。

 葬儀、法事のほか、各種会合などに寺院施設を自由にご使用いただけます。

 葬儀等で使用の際には所定の負担金がありますが、会合や使用目的によっては無償でお貸しすることが出来ます。

 詳しくはお寺までお問い合わせ下さい。

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